川島 真
2004年9月、満鉄研究者として世界的に著名な井村哲郎先生と吉林省檔案館を訪問した。同檔案館は新発路にある省紀律委員会と同じ敷地内にある。外からの訪問者は、正門で身分証を見せても通過することはできず、必ず内部の人が迎えに来て、はじめて中にはいることができる。檔案館は入り口から入って左側にある(写真は檔案館側から旧憲兵総司令部の建築物を撮影したもの)。
利用はきわめて不便ではあるが、檔案については豊富な所蔵を有している。筆者が特に関心を持っていたのは、第一に中華民国北京政府期の、省行政関連の諸檔案、特に交渉署檔案であり、第二に先にNHKが報じた満洲国時代のラジオに関する録音記録であった(このほか憲兵隊関連の史料の話も耳にしたが、ここでは割愛する)。
交渉署檔案は、「外交は不公開」という原則の下で、なかなか公開されない、外交史的には垂涎のまととも言える檔案であるが、この吉林省檔案館は「交渉署(司、局)檔案」を数多く所蔵している。今回、簡単な申し込みをすることができた。無論、原則としては非公開なのだが、それでも公開可能性がある部分について模索してくれるという。正式には帰国してから、文書形式で改めて申請することになる。ラジオについては、「申請してみるだけしてみるように」という指示であった(写真は閲覧室内部)。これについては、いろいろな背景があるようなので、立ち入った説明は求めなかったが、依然敏感な史料なようである。ある長春の研究者は、このラジオ放送記録をNHKに対して公開する以前に檔案館の委嘱で聞いたという。その研究者はその史料的価値をきわめて高く評価しつつも、吉林にはラジオのことを研究している人がいないので、まだ分析が十分にできていないが、若い人でやりたいという人がいるかもしれないから、探してみるとおっしゃられた。共同研究となればと願っている。このほか、吉林省檔案館では(さきの憲兵隊関連のほか)日本により(満洲国内部で)強制連行された「労工」の檔案を公開するとの話があった。既に一部が公刊されているが、補償問題に発展する可能性もあろう。なお、吉林省檔案館に関しては、吉林省档案館編『档案利用工作手冊』(2003年5月)が便利である。
同日、いまや中国最大の大学となった吉林大学を訪問した。北海道大学法学部と吉林大学法学院が姉妹学部協定を結んでおり、このたび全学協定に発展したことを受けての業務もあったのだが、目当てはその図書館所蔵の満鉄図書であった(満鉄図書というのは、満鉄関連図書とか、満鉄発行図書という意味ではなくて、満鉄関連機関が所蔵していた図書という意味である)。写真は善本室である。40万冊を蔵するというだけあり、清代を中心に(清末民初を含め)多くの貴重書を蔵している。他方、もともと吉林大学図書館はかつての「満炭」事務所にあったが、そこから運び出した(満炭蔵書というわけではない)満鉄関連図書が5000-6000冊ある。これらは一階の図書室で整理中であったが、これには時間がかかるようである。
総じて図書館全体が急速に「現代化」する中で、こうした古書類は苦しい立場に送られているようである。これも一種の運命であろうが、中でも満鉄図書は、敏感さも手伝って、なかなか整理公開が進まないのが実情のようである。(了)