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第8回アジア政治論質問・回答

第8回アジア政治論質問・回答
川島 真

◆【授業の方法について】
◆【学習情報収集の方法について】
◆【第七回の授業内容】

中国の物つくりについて。中国は製造大国化を目指し、ゆくゆくは国内資本の膾炙が独自に世界で技術力で勝負できる製品水準を目指しているように思います。しかし、中国人は物作りを得意にしているのでしょうか。中国人は大陸的な気質で、元来、勤勉でないイメージがありますし、物作りが得意という話もあまり聞きません。日本の江戸時代末期に農村での物作りを見た欧米人がこの国が物作りに本格的に取り組んだらすごいことになると唸ったらしいのですが、中国は日本に比べてどうなのでしょうか。しかし、最近、中国に進出した日本企業の工場に下請けしている中国企業が、設計の不具合をパソコンで瞬時に直していました。もはや物作りに勤勉さ、器用さは強みではなくなり、日本人の優位さは薄れたのでしょうか。(学部4年)

⇒「物作り」論ですね。これはウェーバーの『プロテスタンティズムと資本主義の精神』(岩波文庫)における、プロテスタントの「禁欲+富の再投資」が資本主義的展開を生んだ ⇒ 中国では商業は発達しても、その富を投機的に使用してしまい、再投資に向かわなかったために資本主義化しなかったという議論が第1の背景。次に、なぜ日本は資本主義化したかという説明で、日本人は勤勉であり、倹約家であって富の再投資をおこないえたのと同時に、craft的志向が強く「物作り」に適しており、後発国として先進国の技術を輸入することができたので、単に外国企業を誘致するだけではなくて、自国の技術を確立することができた(韓国や香港、シンガポールとは違う)という言説が流布した結果と思われます。台湾の李登輝さんも『台湾の主張』において、台湾は日本の植民地統治によって、この物作り精神を学んだので経済発展の素地ができ、中国との違いができたといっています。このような説明は本当に広がっています。しかし、よくよく考えて欲しいのです。世界の3大発明はどこから始まったのかということ、また景徳鎮の陶器などのことを。こうした「勤勉・倹約」「物作り」神話は、経済発展した国がその理由探しをする中で見つけてきた根拠の集積体ではないのかというのが小生の考えです。アメリカのMITなどでの中国人留学生の水準などを考えれば、「技術」面で中国が躍進することは目に見えています。そうした意味では日本の優位性は薄れるものと思われます。中国は、原爆やロケットを文化大革命下で造った国です。中国が「つくれる」筈がない、という先入観が、スパイ疑惑などの背景にあります。中国の肩をもつわけではありませんが、こうした言説の背景を理解することがまずは必要だと思います。

中国の物価はどれくらい?貧困層の年間収入が650元前後だとしたら、日本では一ヶ月も持ちそうも無いけれども、中国は物価が安いので、「持つ」ということか?(学部3年)

⇒2003年3月13日の『人民日報』によれば、消費者物価指数(CPI)をもとに算出した中国の絶対貧困の基準値は前年の630元から627元に調整され、結果的に2002年末の農村絶対貧困人口は2820万人と算出されました。中国の都市部の物価については、「中国の何でも値段と物価」http://www.e-huuhu.com/bukka/ という便利なサイトがありますが、これはあくまでも都市部のこと。農村部ではこの限りではありません。しかし、農村部での配給制度も基本的に既になくなっており、生活は決して楽ではありません。しかし、食糧がほとんど自給できていれば、僅かな現金でも何とかくらしていくしかないのだと思います。一ヶ月で50元、1日10元と考えると、必要な肉、衣類などをかろうじて手に入れられる範囲であると思います。

  
 
 今回の講義の中で、地域格差の制度的背景の話がありましたが、それについて質問です。内陸部では鉱業製品などの原料が廉価に、沿岸部では加工品が高価に設定されたことが、経済格差をひろげた一つの原因だと指摘されましたが、これと計画経済体制は矛盾しないのでしょうか。私のかってなイメージですが、計画経済体制においては、全国のいたるところに製鉄などの国有工場がつくられて地域別に特色ある生産活動がおこなわれていなかったと理解していました。もしかして時代を錯誤しているかもしれません。(学部3年)

⇒このような疑問は当然出てくると思います。モデルとしては共産主義は自給自足を志向するわけですから、地域的な違いというのは考慮されない面もあります。中国での人民公社などは、どこでも同じような形態が中国中に広がっているようなイメージを与えます。しかし、社会主義における計画経済は、必ずしもこのような「金太郎飴」だけで成立するわけではありませんでした。たとえば武器などは、国家の定めた一定の場所でしか生産しないというのはすぐに理解できると思います。また鉄鋼(鋼鉄)業を初めとする重化学工業は、技術的な問題、規模的な問題で、あらゆる人民公社に割り振ることは困難です。石油精製業は、油田の周辺に置かれるはずで、あらゆる公社にあるということはありえません。そうした意味で、人民公社とて「多様」であり、何かしらの特色を与えられた公社や、そうした公社の発展形態としての国有企業が存在したわけです。岩波文庫のマルクス、エンゲルス関係の本を読んでみてください。

経済政策の一方で経済格差が問題化し、そうした中で現に中国にはどのような社会問題が生じているのでしょうか。とりわけ男女間の格差(経済・権利)であるとか、家庭の中でおこる問題、またそれへの対応に関心があるので、その点について御願いします。(修士課程)

⇒社会問題としては、一人っ子政策にともなう問題、たとえば高齢化社会に耐えられない人口構造、犯罪問題、少年非行、保険制度など社会福祉の問題、そして御指摘のジェンダー問題など数多く存在しています。ジェンダーについて言えば、一方で中国では女性の就業率が極めて高く、男性と殆どかわらないので男女同権が指摘されますが、他方で一人っ子政策の中で相続対象を男子に限定する風潮の中で「男の子」を特に求める風潮があるなど(女子の場合、売ってしまう)、男女の不平等を強く主張する向きもあります。確かに、中国の一般家庭では「専業主婦」という概念はあまりなく、男女がともに働くので、家庭内分業などはきちんとおこなわれています。これは中国が社会主義化してもっとも変化した点であると思われます。しかし、教育や収入という点から言えば、男女格差は依然として大きなものがあります。非識字率についてもそうですが、平均教育年数について男女の間で依然1年以上の差があります。中国政府は、男女格差を埋めるために様々な施策をおこなっていますが、そうした政策が同時に問題の深刻さを示していると言えます。

◆【第八回の授業内容】

資料にあった非識字率のグラフについて疑問があります。というのは、大部分の地域で1990年よりも1996年の方が非識字率が高く(つまり字を読めない人が多く)なっているからです。逆のことはあってもこのようなことが起こるなんて俄には信じられないのですが、何か理由があるのですか?(学部3年)

⇒全くその通りですね。にわかには信じがたいことです。ユネスコなどhttp://www.unesco.org/いろいろ調べたのですが、総じて中国の識字率は大幅に改善されているようです。しかし、この90年と96年については、確かに識字率が減少傾向にあったようですね。しばしば指摘されるのは、90年代前半に農村部で小学校への入学率、卒業率が減少したということです。これの原因は、90年代初期の嫌学、経済引き締め(90~92年)だと考えられます。

 食糧増産運動によって森林から農地への転換が進んだとしているが(1960~70年代)、なぜそれは失敗したのですか。(修士課程)

⇒この時期は、人民公社による農業経営であったために効率が悪かったこと、生産量の数値を気にした無理な増産が続いたこと、化学肥料を大量に投与して逆に生産性を下げたことなどが指摘されています。

◆そのほか

1. SARSをめぐって

テレビ番組で台湾~沖縄への観光客が、台湾⇒沖縄への船内ではマスクを着用するのに、沖縄に着いた途端マスクを外して歩き回っていました。リポーターが、「なぜマスクをしないのか」とたずねると、「日本は安全だから」と応えていました。台湾は(授業の話からも)相当近代化された場所というイメージがあったのですが、この感覚はどうなのでしょう。非常識ではないでしょうか。台湾でのSARSの認識はどうなっているのでしょう。(学部3年)

⇒御存知でしょうか。沖縄県は5月20日午前、台湾当局に対し、新型肺炎が終息するまでの間、緊急性や特別の理由がある場合を除いて県内への渡航自粛を求めることを正式に発表、同日午後二時に那覇市の中琉文化経済協会に文書を手渡しました。観光客の多くが台湾人である沖縄にとっては大きな問題だったのですね。小生自身もホームページで台湾におけるSARS問題について簡単な文章を書いています。http://www.juris.hokudai.ac.jp/~shin/ さて、この「日本は安全」という見方は面白いですね。つまり、人ではなくて、「場所」を基準にして考えているのです。つまり、日本側は病気の根源を人間として見ることが多いのに対して、台湾人は「場所」として認識していると考えてもいいのかもしれません。これは、風土病に苦しめられてきた地域に特有の考え方かもしれません。

 
日本は中国に期待しないのに台湾に期待するというのは何故ですか(台湾も二人の記者の発言によって対日観がかわる程度のものであると先生は言いましたが)。そのような考え方はいつごろからあるのでしょう。なぜ中国と台湾で差があるのですか。(学部三年)
⇒この件についても、すでにHPで書いています。ご参照ください。日本は、1990年代後半以来、反中運動が強まっています。背景には日本の不景気からくる危機感、中国の経済発展と大国化があります。それが歴史認識問題、ODA問題、靖国問題などとして噴出し、さらに犯罪者問題が拍車をかけています。日本の一部には、「反中」をスローガンとしているプチ・ナショナリズムが流行し、他方で小林よしのりらの論陣、石原慎太郎氏の主張などが歓迎されるムードができています。今回のSARSをめぐる中国側の対応は、こうした中国に厳しい眼からすれば、十分に大失態を演じてくれたわけで、「やはりそうなった」「期待通り」であった面があります。それに対して台湾をめぐる言論は異なります。この点は、以前「方法としての台湾」(東アジア文史哲ネットワーク編『小林よしのり「台湾論」を超えて-台湾への新しい視座-』作品社、2001年、P.42‐54)としてまとめたことがありますが、反中国と裏腹に妙に台湾を持ち上げる傾向があり、逆に現実から離れた台湾像が形成されてしまったと言えます。特にその特徴は、中国のそれと対照的に描かれてしまうので、今回のようなことがあると、「裏切られた」ような気がするのではないかと思います。

2.SARSとガバナンス 

  
 米国では、何か問題がおこったときにそれを分担するプロが大統領の傍らにいるのでは?日本では、黒船来航の時と変わらず、対処する者が出てくるまでは会議をしつづけ、対処した者はその後に辞任するというパターンを繰り返している。これは、アジアにおける行政の文化的性格ではないか。法の浸透は、国民のみならず、行政のトップにも及んでいないと思われる。
 (修士課程)
  
⇒確かにそうですね。日本は責任者を決めたら、もう終わりといった感じなんですね。もののプロセスを大切にしないというか、担当者を決めて、こういった政策決定論で言うと、しばしば中国とアメリカは似ているという指摘があります。たとえば、中国の場合、国家主席、総書記の周辺には強力なプレーン集団がいて、中南海に勤務し重要な役割を果たしながら、殆ど見えないシャドー・パワーになっているが、アメリカでも御指摘のようなブレーン集団が居る(ただし透明度は高い)。またものの決め方も、中国でもアメリカでも、ものの決定がプロセスの中にあり、根回しが先行して、根回しさえ終ればあとは全て手続だけで進める(融通がきかない)とされます。「アジア」という枠で考えればいいか、それとも日本的な問題で考えるべきか…。日本でもブレーン集団を首相周辺につくったりしているんですけどね。

3.そのほか

今回の授業は考古学は御金になる、例として平山郁夫氏のことなどに触れていましたが、早稲田大学の吉村教授がエジプトでやっていることに対しても同じようなことが言えるのですか? (学部3年)
⇒早稲田の吉村さんのことは畑違いでよくわかりませんが、考古学の調査に多くの資金が必要なことは事実です。授業で申し上げたのは、西部大開発に絡んで、日本側が文化財や遺跡などの保護として多額のODAを展開しようとしており、そこに考古学者や古代史研究者、そして美術史研究者が絡んでいるということを申し上げました。机の上で文献や遺物を見るのではなくて、こうした「現代外交」の現場にこうした方々が絡んでいるという面白さを指摘しました。日本の対エジプト外交の場合、ODAなどの「現代外交」と遺跡が結び付けられたりするのでしょうか?

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